MAN OF LEXANI マン・オブ・レクサーニ

MAN OF LEXANI #1

アイス・キューブ

ICE CUBE

レクサーニ・マガジンに登場したセレブリティ。

皆が大好きヒップホップシーンのアイドル。

アイス・キューブ(オッシー・ジャクソン)

 

 1969年生まれ ロスアンゼルス出身 ラッパー、俳優、映画監督。アクション映画だけでなくコメディにも出ていて、今や俳優としてのほうが馴染みが深いかもしれない。とはいうもののミュージシャンとしての活動は休止したわけではなく、2013年には「エブリサングス・コラプト」を発表。アイス・キューブらしく、「どいつもこいつもインチキだぜ」的な(アメリカ)社会を告発する内容のものだ。

 

アイス・キューブは20数年前にNWAのオリジナル・メンバーとしてキャリアをスタートさせた。ファーストアルバムの「ストレート・アウタ・コンプトン」が出たのは1988年なので、レクサーニ・マガジン読者の中でも20代だと同時代体験した人はいないはずだ。

 

N.W.Aのメンバーはドクター・ドレ、アイス・キューブ、イージーE、MCレン、DJイエラの5人(アラビアン・プリンスというメンバーもいたけど、普通はこの5人のことをさす)。メンバーの中で、イージーEは若くして亡くなったために、その後も何かと取り沙汰されるが、音楽的に最も重要なメンバーであるのはドクター・ドレとアイス・キューブの2人で、他のメンバーはありていに言って「取り巻き」だ。特にドクター・ドレの音楽プロデューサーとしての実力と実績はヒップホップのワクをはるかに超えて、ブラックミュージックの歴史に残るものだと思う。

ヒップホップは東海岸のものだった

NWAが「ストレート・アウタ・コンプトン」を発表した1988年のビルボード年間チャートは1位=「フェイス」ジョージ・マイケル 2位=「ニード・ユー・ツナイト」インエクセス(オーストラリアのグループ) 3位=「ゴット・マイ・マインド・セット・オン・ユー」みたいな感じで、R&B、ヒップホップ全盛時代はまだ先。

 

もちろん、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・デライト」はとっくの昔(1979年)に世に出ているし、

RUN DMCの「ウォーク・ディス・ウェイ」は1986年のヒットなので、ヒップホップ時代はすぐそこまで来ているのだけれど、この新しい音楽はそもそも特定の地域に根差したものだった、というのは結構重要なことだ。

 

ヒップホップはニュー・ヨークとフィラデルフィアのものだったのだ。

その下地は「ジャズにあった」とトライブ・コールド・クエストのQティップが映画「ビーツ・ライムズ・アンド・ライフ」の中で語っている。東海岸のヒップホップ初期世代は父親の持っているチャーリー・パーカーとかセロニアス・モンク、マイルス・デイビスといったジャズミュージシャンのレコードをサンプリングすることで、自分たちの音楽的深みを増していった、というのだ。

Qティップが言っていることはウェッサイ派(?)には2つの意味がある。第一に、プロジェクト(低所得者住宅)に住んでいて、食うだけで精一杯みたいな連中とかドラッグディーラーには、ジャズミュージシャンのレコードがあるような家庭環境は望めない、ということ。第二に、西海岸にはジャズシーンは「ほぼ」ない(イーグルスやドゥービーブラザースは完全に西海岸のものだったけれど)ということだ。

「ラッパーズ・デライト」

「ウォーク・ディス・ウェイ」

トライブ・コールド・クエストのQティップ

ハービー・ハンコック

人並み以上の音楽素養と環境が必要

ヒップホップはストリートから生まれた、とは良く言われるのだけれど、実際のところ、ちゃんとレコードにできるような音楽になるのは、ハービー・ハンコックやグランドマスター・フラッシュといった一流のミュージシャンばかりだった。

 

楽器もアンプもいらず、その場で演じることができる、ホンモノのストリートミュージックというのは形式的には正解でも現実には全く違う。ベースラインとビートボックス(フィラデルフィアのコモンはドラムだ)、それにサンプリングするモトネタにフィーチャーする楽器(ホーンとか)……こういう構成でできたヒップホップミュージックは実はかなりお金もかかるし、音楽的素養(教育も含めて)がないと完成はおぼつかないのだ。

ドクター・ドレのサウンド

そこに、登場したのがドクター・ドレ&アイス・キューブのNWA(ニガズ・ウィズ・アティチュード)だったというわけ(やっと、ここまでたどりついたよ)。

 

NWAが皆に熱狂的に受け入れられたのは、リアルなストリートミュージックで実際に若者の気持ちを代弁しているからだ、というような指摘は確かにあたっているだろう。しかし、反抗的態度(反社会的)や告発は別にNWAが最初ではない。東海岸のヒップホップの歌詞は100パーセント、セックスというわけでもない(でも、まあ90パーセントくらいはそうかも)。ロスアンゼルス暴動のタイミングや新型麻薬「クラック」(これ、今も流行ってるのかな?)の登場とか、いろいろなことが言われているけどNWAにとって、もっとも重要な要素……。

それはドクター・ドレの作るサウンドだ。

ちゃんとしたメロディがあって、とくにフックになる1小節は皆が口ずさめるようになっている。ピアノ、フルート、シンセ、それにホーンセクションが重なってできる厚みのあるメロディラインは聞きやすく、親しみやすく、踊りやすく、分かりやすい。ジャズをサンプリングした東海岸のヒップホップのほうが、確かに都会的でカッコイイのだけれど、ドクター・ドレの音はそれまでのヒップホップとは全く違う独自のものだった。

「ストレート・アウタ・コンプトン」のあのフック…ホーンセクションとからむシンセの電子音は今聞いてもワクワクする。これが受け入れられないはずがないって感じなのだ。たとえ、都会的な洗練さとはかけ離れていても。

その後のNWAの内紛~イージーEともめたり、デスロウレコードでシュグナイトと組んでとんでもない顛末になったり…みたいなことはよそでもいっぱい書いてあるので省くけれど、音楽史的に重要なのはこういうイザコザがあってこそドクター・ドレの「クロニクル」が登場できた、ということだと思う。

 

「カリフォルニア・ラブ」が完成するにはNWAの登場とイザコザは今、思うとセットだったってことですね。「カリフォルニア・ラブ」のハナシが出たってことで、2パックについて書き出したりすると、もうきりがないので、やめておくけれど、ドクター・ドレのサウンドはそれくらいユニークだった(今もだけど)のだ。

東海岸のジャズをサンプリングする(できる)環境にあったミュージシャンと較べて、ドクター・ドレの音楽的オリジナリティというのはどこから来たのか?

あのフルートやピアノのメロディは彼固有のものなのか……ものすごく興味があるのだけれど、そういうインタビューをまだ読んだことがない(誰か知っていたら教えてください!)。

そこにいるだけで、皆が元気になる !

さて、アイス・キューブだ。

アイス・キューブ自身は役者もやりながら、途切れることなくアルバムも出しているけれど、基本的にはずっと同じ。アノ「ウェッサイ節」をずっと続けているだけ。音楽プロデューサーとしての才能はドクター・ドレとは比較にならない。でも、ドクター・ドレになくてアイス・キューブにあるものが確実にある。

それは「他人をひきつける魅力」だ。

 

来日したこともあるので、見たことのある人は分かると思うが、ステージに立っただけでそこがぱあっと明るくなる感じ…とでもいえばいいのか、とにかくアイス・キューブには生来そなわったアイドルとしての資質があって、それに関してはヒップホップシーンでは1、2を争うというぐらいのものだ。そこにいるだけで、ステージを見ている全員が元気になる、無垢なスター性が圧倒的に備わっているのだ。

 

 彼自身は懸命に社会を告発したり、大真面目に不正義を訴えたり、社会を攻撃していて、敵を作ることを恐れていないという態度であったとしても、(皮肉なことに)アイス・キューブのことは皆が大好きなのだ。

 

 そういう意味で、アイス・キューブが今や俳優としてのほうが通りがいい、というのは彼自身の資質を十分に生かしていると言えそうだ。いかつい顔と雰囲気だけれど、憎めない敵役(トルクとか)といった役どころは、どハマリ。

 

 ワタクシが最も好きなのは一番最初の作品「ボーイズンザフット」で弟(キューバ・グッデン・ジュニア)をかばう孤独なギャングの役です。泣ける。ちなみにジョン・シングルトン監督は、なんとこの時24歳! アカデミー賞の脚本賞と監督賞にノミネートもされた傑作です。まだ見ていない人は是非! アイス・キューブのことがもっと好きになるはずです。

Loading the page...

しかし、実態がどうであれ、新しい音楽の誕生に音楽業界も新し物好きの音楽ファン(ワタクシなどは典型です)も夢中になった。そりゃそうだ。さきほど書いた1988年のチャート上位の曲をもう一度見てください。何というトホホなラインナップ。ポップミュージックシーンは行き詰っていて、新しいものを皆が求めていた、のは明らかだ。

こうして、80年代後半は皆が一斉に新しいブラックミュージックに殺到していった。もちろん、ホンモノも「フェイク」も入り混じってる。西海岸のエンタメビジネスにとって、うわずみをすくってお金にする方法は超得意ワザ。あっという間にビリオンダラーになった(その後破産するけど)MCハマーはその典型で、当時、西海岸のヒップホップと言えば、こういうエンタメ系ダンスミュージックのことを指していた。そもそもジャズシーンが存在しない西海岸で、どうやって「ホンモノ」を作るの? 西海岸で新しいブラックミュージックはムリだって。ドゥワップの焼き直しでもやってなさい(ボーイズⅡメンとか)…的な感じだったのだ。

グランドマスター・フラッシュ

「カリフォルニア・ラブ」

MCハマー

「ストレート・アウタ・コンプトン」

Loading...

LEXANI MAGAZINE

Copyright (C) 2014 EXCLUSIVE co,.Ltd. All Rights Reserved.

SITE BY